今シーズン限りでDucatiを去り、ホンダへと移籍するホルへ・ロレンソがDucatiで過ごした苦しくも素晴らしい思い出となった2年間について語っています。Ducatiでタイトルを獲得するという目標は達成することが出来ませんでしたが、Ducatiのデスモセディチをグリッドで一番のバイクに出来たという大きな誇りが残ったとのこと。明日からのホンダでの初テストでも素晴らしい走りを期待しましょう。

ホルへ・ロレンソ

「Ducatiではハッピーな時も悲しい時も、どちらでもない時もありました。Ducatiでタイトルを獲得するというのは素晴らしい挑戦でした。バイクが大きく異なることは想像していましたが、始めてデスモセディチに乗った時の衝撃は想像以上でした。Ducatiに乗る中で、どのようなスキルがあったから自分がチャンピオンになれたのかを理解していったんですが、それがこのバイクでは通用しないことを思い知りました。全ての時間を学習に充てる必要があったんです。」

「カタールのデビュー戦は思ったようなものではなく、オースティンも大した結果を残せず、アルゼンチンでの転倒は言うまでもありません。その時点からロレンソはDucatiに適合出来ないという批判が出始めたんです。ヘレスでの表彰台で一息つくことが出来ましたが、その後のレースの中で道のりはそう簡単ではないことがわかりました。ターニングポイントはシルバーストーンの5位で、優勝ライダーから3秒落ちという結果でした。最初の勝利まで遠くないとわかったんです。

「ミサノではレースをリードしながら集中力が途切れたことで転倒してしまいました。アラゴン、セパンでは表彰台を獲得し、バレンシアでは最終ラップに2位のチャンスを逃しました。明らかに結果は上向いていて、セパンテストの結果は2018年は良い年になるという予兆だったと言えるでしょう。でもブリーラムで非常に苦戦してトップ10にすら入ることが出来ませんでした。良いペースで走行出来ず、とにかくバイクに乗っていて疲れ切ってしまったんです。まさに悪夢でした。」


開幕からの4戦ではわずかに6ポイントしか獲得出来ず、MotoGPキャリアの中で最悪のスタートとなりました。その後重要な変化がル・マンで訪れ、レースをリードした後に6位で完走しました。自分のキャリアは危険な状況になってしまったんです。」

今まで達成したことを残して31歳でこの世界を去ることが出来るのか?その時はそれでもいいと思っていました。数日間は引退することを真剣に考えていました。でもこのスポーツを辞めてしまうということは結果が出ないことよりも悲しいことで、まだ引退する時ではないと感じたんです。また優勝出来るということを証明したいと思ったんです。

「第6戦のムジェロは自分にとって幸運なサーキットでした。結果にかかわらずバイクのフィーリングも徐々に良くなっていたんです。エンジン、フェアリング、そして新しいタンクで全てが揃い、この優勝のチャンスを逃さず、遂に優勝を成し遂げました。」

今までのキャリアでヘルメットの中であんなに叫んだことはありません。イタリアでDucatiのバイクで優勝すること以上に美しい勝利なんてないんですよ。

「その後モントメロでも優勝、ブルノでは125ccから250cc時代のアグレッシブなロレンソが戻ってきました。オーストリアでは最強のライバルであるマルケスに勝利しました。自分がキングだったんです。レースでも、人生においても選択こそが全てです。良い決断、悪い決断が全てを変えてしまいます。」

「アラゴンでは連続でポールポジションを獲得した後にターン1で転倒。つま先を怪我しました。この後に続いた一連の怪我によって、最終的に良い形でDucatiを去ることが出来なかったんです。でもこうしたいくつかの不幸なレースによって、心の中に残る素晴らしい2年間の思い出を駄目にしてしまうことは少し違うでしょう。」

ファクトリーのエンジニア達の素晴らしい作業によって、GP18をグリッドで一番のバイクにすることが出来たんです。自分がこの素晴らしい功績の一部であると感じますし、これが大いなる誇りとして自分の中に残っていくでしょう。最後に。。”頑張れDucati!そしてありがとう!”

(Photo courtesy of michelin)