ジョナサン・レイ キャリア最後の週末へ 6冠王が語るキャリアの終章と感謝 FIM スーパーバイク世界選手権(SBK)

6度のワールドスーパーバイク世界選手権(WorldSBK)王者、ジョナサン・レイ(パタ・マクサス・ヤマハ)が、キャリア最後のレースウィークエンドに臨む。舞台はスペイン・ヘレスのアンヘル・ニエト・サーキット。彼が初めて世界タイトルを手にした思い出深い場所であり、まさにそのキャリアを締めくくるにふさわしい。

負傷からの復調、「トップ5圏内に戻れたのはポジティブ」

2024年シーズンはヤマハとともに困難な年となったが、2025年の開幕前には復活を目指していたレイ。しかしオーストラリアでのクラッシュにより足を骨折、シーズン最初の3ラウンドを欠場。復帰後も完全な状態になるまで数戦を要したが、ミサノでのスーパーポールレースで7位に入って以降は上位争いに復帰。直近の数戦では安定してトップ8を維持しており、引退レースに向けて手応えを得ている。

ここでキャリアを終えるのはふさわしい

「今は週末のスタートが待ち遠しい気持ちですし、いい仕事ができればと思っています。最近の数戦は少し競争力が戻ってきて、トップ5の周辺で走れるようになったのはポジティブです。シーズン序盤のケガや、中盤の難しい状況を考えれば、良い方向に進んでいると思います。未来のことやこの先の感情は日曜まで脇に置いて、チームのために全力で走ることだけに集中します。」

ヘレスでの引退に特別な意味

「ヘレスは自分にとって特別な場所です。ここでキャリアを終えることになるのは、すごく意味があることです。正直、このサーキットは得意というわけではありませんが、初タイトルを獲得した場所でもあるし、素晴らしい思い出が詰まっています。今は少し立ち止まって、その意味をかみしめています。」

「本当に素晴らしいキャリアだったと思うと、誇らしいし、幸せな気持ちにもなります。あと3レース、自分のすべてを出し切って、困難な時期も含めて100%のサポートをしてくれたヤマハに報いたい。理想的な締めくくりはレースで勝つことですが、正直、まだそこには届いていません。ただ、最近は表彰台の匂いは感じているし、最後の数周で届かなくても、全力を出せれば満足できます。トップ5争いができれば、それが自分たちの実力です。」

キャリアを支えた家族・チーム・ライバルたちへ深い感謝

「ここまで来るのは本当に壮大な旅でした。今がそのカーテンを閉じる正しいタイミングだと感じています。最高の時間を過ごしてきました。何よりも、両親、兄弟姉妹、妻、そして子どもたちに感謝しています。彼らがいなければ、ここまで来ることはできませんでした。人々が目にするのはハイライトだけですが、その裏には血と汗と涙があった。それを支えてくれた家族には感謝しかありません。」

「ホンダ、カワサキ、ヤマハ、どのチームにも感謝しています。夢を現実にしてくれました。北アイルランドでワールドチャンピオンになるという荒唐無稽な夢を持った少年が、その夢を6度も叶えられたなんて、本当に信じられません。多くの才能あるライダーがチャンスを得られずに終わる中で、自分は運に恵まれました。だからこそ、若い世代に伝えたいのは、“チャンスが来たら準備しておけ”ということ。自分はそれを逃さなかったからこそ、多くのタイトルを手にすることができました。」

チャズ・デイビスとの特別な絆、そして時代の終焉

「特にチャズ・デイビスには感謝したい。彼と戦った時間は本当に楽しかった。引退を決めたとき、真っ先に思い浮かんだのはチャズのことでした。引退の決断って、少しずつ近づいてくるのか、突然ハンマーのようにやってくるのか、その気持ちを知りたくて連絡を取ろうと思ったくらいです。チャズが引退を発表したとき、あの瞬間は彼だけじゃなく、自分にとっても時代の終わりのように感じました。だからこそ、今はまるでゲームの中のキャラクターが死ぬ前のような気持ちにもなります。でもそのキャラクターは違うゲームで生き続けるんだと、今は前向きに受け止めています。」

「2008年にこの選手権にデビューして以来、ベイリス、コーサー、芳賀、スピース、メランドリ、ビアッジ、チェカ、アルヴァロ、チャズ、サイクス、ギュントーリ…偉大なライダーたちと戦ってきました。WorldSBKには本当に感謝しています。多くのものを与えてくれたけど、同時に多くのものを失ったのも事実です。仲間を失い、病院で多くの時間を過ごしました。それでも、この決断が自然に思えるようになったのは、そんな経験があったからです。今は家族ともっと時間を過ごし、新しい人生を静かなペースで歩むことを楽しみにしています。」

「これまで自分を支えてくれたWorldSBK、すべてのチーム、そしてテクニカルクルーの皆さん、本当にありがとうございました。皆さんがいなければ、自分はただの“速いだけのキッズ”で終わっていたでしょう。皆さんのおかげで夢を叶えることができました。この場所に集まってくれた人々を見て、本当に特別な存在だったと実感しています。」