スズキMotoGP撤退の噂 事実だとすると長期的影響は図りしれない

ドルナ・スポーツは異例の強い言葉で声明を発表

現時点ではスズキからの公式リリースはないが、スズキが2022年末でMotoGPへの参戦を中止するという噂だ。

スズキは昨年4月にドルナ・スポーツと2026年末までの参戦に合意する契約を結んでいるが、各種の噂を総合するとスズキ本社の取締役会においてMotoGP参戦中止が決定され、月曜日にヘレスで公式テストに挑む前のチームにこれが伝えられたという。なお、公式なリリースは出ておらず、ドルナ・スポーツへも事前の相談、通達はされていないようだ。

ドルナ・スポーツはこの噂に関して5月3日に「スズキは一方的にMotoGP撤退を決定することは出来ないとスズキに通達した」と異例の強い言葉での声明を発表。スズキが契約を結んでいるにも関わらず、ドルナ・スポーツへの事前の説明、相談もなく、一方的にMotoGP撤退を決めることは出来ないと強い言葉で批判したと言える。

あくまでも噂で終わって欲しい話題ではあるが、スズキのコーポレートガバナンスのページによると、取締役会は毎月原則1回開催されているようで、直近では4月に開催された取締約会での議題だったのかもしれない。

仮にこれが事実だった場合で話を進めると、様々な面で長期的に考えてはデメリットしかない決断だ。今回の参戦中止の意思決定はコロナによる世界経済の落ち込みによるものという憶測が出ているが、参戦を中止した場合、短期的には参戦コストが浮いたとしても、長期的な視点で物事を考えると、複数の影響がある。

影響1:ドルナ・スポーツに対する重大な契約違反である

まず最初に考えられる影響が、ドルナ・スポーツとの関係性だ。今回、スズキからの正式発表が未だになく、噂が先にリーク情報として出てしまった状況で、公式発表がこの後出るにしても発表するタイミングとしては最悪だ。

連休開けに公式に発表をするつもりだったのだとしても、今回は情報がリークしてしまっており、ドルナ・スポーツからもスズキに事実確認の連絡が行っている可能性がある。

日本企業はゴールデンウィークの連休中で連絡がつくはずもなく、ヨーロッパにいるTeam SUZUKI ECSTAR(チーム・スズキ・エクスター)関係者にとっては寝耳に水の状況で、事態を把握している人がいないとすると、ドルナ・スポーツから見たスズキという企業は、昨年4月に結んだばかりの契約を相談もなく一方的に破棄すると決定し、こうした重要な意思決定に関する情報が簡単にリークする、信用ならないビジネスパートナーにしか見えない。

そうなってくると、仮に双方の合意によって2022年末で参戦を中止することになったとしても、スズキは契約履行違反に関する違約金の支払いはもとより、再度MotoGPに参戦することが叶わないことも可能性としては考えられるのではないか。

スズキは前回2012年からのMotoGP参戦を中止し、2015年にMotoGPに復帰した経緯がある。今回2022年末で参戦を中止するとなると、ドルナ・スポーツ側から見ると約10年間で2度参戦を中止、しかも今回は2026年末まで参戦すると結んだ契約を履行しない企業となる。

常識的に考えて、こうした企業が数年後に再び参戦したいと打診してきた時、ドルナ・スポーツ側が快く受け入れるだろうか。おそらく、そうはならないだろう。

影響2:グリッド上のスズキへの評価の悪化

今回の参戦停止があくまで噂であればよいが、現在進行形で参戦中止の噂が流れ、仮にスズキが後追いでこれを正式に認めるリリースを出した場合、ドルナ・スポーツ、グリッド上のMotoGP関係者がスズキというメーカー、ブランドを見る目は大きく変わるだろう。スズキMotoGP撤退の噂 事実だとすると長期的影響は図りしれない

日本はもとより、海外において契約不履行は重大な契約違反、ビジネスマナー違反だが、スズキが2022年末でMotoGPを撤退、数年後に参戦を希望したとして、FIM(国際モーターサイクリズム連盟)やドルナ・スポーツがスズキの参戦に難色を示す可能性はある。

数年後に参戦が認められたとして、いつまた突然撤退するともわからないメーカーのチームで、働きたいと思うディレクター、エンジニア、スタッフ、そして走りたいと思うライダーが出てくるだろうか?

競争力が伴わず、参戦体制も不安定であったアプリリアがライダー獲得に苦労してきたように、スズキが再び参戦することが叶ったとしても、次回のMotoGP復帰後は、レース参戦を行う上での各種のリクルーティングに苦戦することは火を見るよりも明らかだ。

影響3:MotoGPプロジェクトで努力してきた全ての関係者への影響

スズキが仮にMotoGP参戦を停止するとなると、その影響は外部だけには留まらない。取締役会による決定事項(※だとして)が既に本社開発陣、現地チーム、ライダー達に伝えられていたとしても、その意思決定は誰にとっても寝耳に水、衝撃を持って受け入れられたはずだ。

スズキは2015年にMotoGPに復帰し、2020年にジョアン・ミルがスズキ100周年の年にチャンピオンシップで優勝したが、今回の参戦中止が事実だとすると、2015年から再びMotoGPに挑戦するために集まったTeam SUZUKI ECSTAR(チーム・スズキ・エクスター)の全てのスタッフ、軽量級の才能ある若手をリクルートし、チームと共に育て上げるというチームの方針のもと今やMotoGPを代表する有力選手となったアレックス・リンス、2020年チャンピオンのジョアン・ミル、スズキ本社でMotoGP参戦を支えているエンジニア達の努力は一体何だったのか?

企業においての最高の意思決定の場は取締役会であることは事実だが、現場で夢を追って努力している人達、スズキの活躍をここまで応援してきた世界中のファン、関係者にとって、この意思決定はあまりにも残酷で、あまりにも思慮がない

影響4:技術革新から取り残される恐れ

前回スズキがMotoGPに復帰したのは2015年。スズキは比較的にすぐに戦闘力を発揮したメーカーではあったが、当時はストレートスピードの遅さが度々話題となった。現在のMotoGPは共通ECUの使用、ミシュランタイヤを全メーカーが使用することで、各メーカーの競争力は今までになく拮抗している。

しかしそれは同時に、共通ECUを使いこなすこと、変化していくミシュランタイヤの特性にどれだけ上手くバイクを適合させるかが非常に重要になってきているとも言え、一度参戦を中止、再度参戦した場合、こうした理解を進めていくのには時間がかかる。

また、レースはメーカーにとって新しい技術開発を進める上での究極の実験場であると良く言われるが、MotoGPに関してもそうであることは間違いない。

近年はライドハイトデバイスなど、市販車にとっては関係ない技術も登場してはいるが、現行型のスズキGSX-R1000に搭載されているブロードパワーシステムなどは、MotoGPで生まれた技術を市販車に転用した最たる例と言えよう。

スズキGSX-Rのデビュー当時からの特徴である全域での強力なトルク、そして扱いやすさは、レース参戦によって磨かれてきたアイデンティティーだが、こうしたスズキの技術革新が、世界最高峰の舞台であるMotoGPで培われなく恐れがある。

そしてこうした技術革新の場がなくなることは、相対的にものづくり企業であるスズキ自体の魅力が失われることでもあり、スズキを支えてきた有能なエンジニア、スタッフの離職、さらには将来的にスズキの技術、レース活動に憧れてスズキに入社しようと考える優秀なエンジニア、スタッフの卵である学生が少なくなることを意味する。

最後に

連休前の最悪のタイミングで噂が出てきたわけだが、スズキのMotoGP撤退が噂であること、あくまでも欧州のジャーナリストが騒ぎ立てたものであると、連休明けにスズキ側から公式発表があることを、一人のMotoGPファン、スズキファン、元スズキ社員として強く望む。

(Photo courtesy of suzuki-racing, suzuki)